癖と中毒とでは,特徴づける選好期間にはっきりした境界の一線はない。満足しきった喫煙者が,タバコに火をつけてはもみ消す動作を繰り返すのは,選好期間の長さから見て中毒の範囲と癖の範囲との境界くらいだろう。自分のステロタイプ的な自己刺激症状をひたすら続ける知恵遅れも似たようなものだ。
癖の例は重要だ。非常に嫌な事として体験されるものですら,報酬とその欠如の繰り返しだけで組み立てられるということを示すからだ。一時的選好の期間が短くなるにつれて,それは「自分自身の」ものだという主観的な性質,つまり精神分析家が「自我親和的」と呼んでいる性質を失うようだ。だがそれでいながら,それを選択するときにあなたがそこに参加しているのは明らかだ。別に掻いたり,口の中の傷をつついて悪化させたり,爪を噛んだりする必要はまったくない。そうしなくても肉体的に痛いわけじゃないし,我慢すればやがてその衝動自体がなくなる。それでもそうした活動は堅牢だ。こんな例があるなら,もっと短い期間しか続かない一時的選好がどんなものかを検討するのも有益だろう。
ジョージ・エインズリー 山形浩生(訳) (2006). 誘惑される意志:人はなぜ自滅的行動をするのか NHK出版株式会社 pp.84
PR