タイミングよく目を背ければ衝動に負けずにすむ場合は,明らかに存在する。問題は,短期の利益は長期の利益より関心の操作がうまい,ということだ。ある誘惑の存在を認識しないほうが長期的な利益には資するけれど,短期的な利益としては,その誘惑に負けた場合の長期的な影響についての情報を遮断したほうが得だ。長期の利益と短期の利益が競合するとき,関心操作は諸刃の剣となる。実はフロイトやその支持者たちが開発した心理療法の多くは,抑制(意識的にある思考を避けること),抑圧(無意識ではあるが,ある目標のためある思考を避けること),否認(ある思考の持つ意味合いを避けること)といった手段を自分が使っていると患者に認識させるためのものだった。自分をだますことさえやめれば,人はあっさり理性的・合理的になれるのだ,とフロイトは考えた。
ジョージ・エインズリー 山形浩生(訳) (2006). 誘惑される意志:人はなぜ自滅的行動をするのか NHK出版株式会社 pp.116
PR