同じように,人々は麻薬について,単に自分は手を出さないという明確なルールを作るのではなく,一度手を出したら抜けられなくなってしまうという信念を作り上げる。この信念は,次のようなプロセスで醸成されることが多い——ある権威が,抜けられなくなるというのは事実だと教える。ところが,それに反する証拠に出くわす。たとえばたまにドラッグを使っただけの元麻薬利用者についての統計とかだ。するとその人は,それを信用しなかったり,黙殺したりする。それはその反証の質が低いと思えたからではない。単にその証拠が扇動的な気がしたからだ。この信念は,もともとはありのままの生物学的事実に関する推測を述べたものでしかなかったのに,それが部分的に個人的ルールに変わったわけだが,でもやはり信念の形を取り続けている。それがルールに変わったかどうかだけ知りたければ,その反証を信じなかった理由が,それが事実として不正確だからか,それとも「麻薬に甘い」ように見えるからかを自問してみればいい。
ジョージ・エインズリー 山形浩生(訳) (2006). 誘惑される意志:人はなぜ自滅的行動をするのか NHK出版株式会社 pp.163
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