社会集団の構成員に序列ができるように,利益にも序列ができる。ただし人は利益の序列とは言わず,別の言い方をするだろう。たとえば習慣とか価値の上下関係とか。ラジオである番組がかかったらベッドから起きて,職場では雑誌を読まず,タバコは食事の後だけにするといった行動は,別にいちいちそうしなかった時の前例の影響を計算しなおした結果ではない。以前に起きた競合の結果をそのまま受け入れたからだ。なぜときかれたら,あれこれ「そうすべきだから」といった理屈や,そうしないとなんだか気持ち悪いから,という程度のことしか言えないだろう——だれも見ていなくても信号無視をしない人は,何か意識的な理由があってそうしているわけではない。でも,その気持ちの悪さを生み出したのは,最終的には異時点間の交渉なのだ。回復したアル中は,意識的には酒を飲みたいとは思わないかもしれない。でもその事実を決めたのは,やはり自分自身との暗黙の交渉の歴史だ。
ジョージ・エインズリー 山形浩生(訳) (2006). 誘惑される意志:人はなぜ自滅的行動をするのか NHK出版株式会社 pp.169-170
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