伝統的な想定に基づくと,最大化する行為者はどれもただの計算機であり処理装置にしか思えない。でも異時点間の交渉モデルだと,意志は再帰的なプロセスだ。こう考えると,原理的な予測不可能性と,決断プロセスへの自己関与の両方が解決する。当人は,自分が将来何をするか自分でも絶対確実にはわかっていないので,現在の選択を精一杯の予測に基づいて行う。でもこの選択自体が予測に影響してくるので,行動を行う前に予測し直し,それが変われば選択もそれに応じて変わる。回復中のアル中は,飲酒に抵抗できるという期待を抱く。でもこの期待には自分でも驚くほどがっかりさせられてしまい,それに気づいた時点でこのアル中は自分の期待に対する自信を少し失う。もし期待が自分のアルコール渇望に対抗できる水準以下に下がったら,その失望は自己成就的な予言となりかねない。だが,この見通しそれ自体が,選好される以前の時点で恐ろしく感じられたら,この人はアルコールへの渇望が強くなりすぎる前に,他のインセンティブを探してそれに対抗しようとするだろう。それにより酒を飲まないという予測も強まり,等々——これがすべて,実際に酒を手にする前に起こる。この人の選択は,万物が厳密な因果律の連鎖に従っているという意味ではまちがいなく事前に決まっている。でもその選択を直接的に左右するのは,各種の要素の相互作用だ。そのそれぞれは事前に十分わかっていても,それらが再帰的に作用しあうために結果は予想がつかなくなる。
ジョージ・エインズリー 山形浩生(訳) (2006). 誘惑される意志:人はなぜ自滅的行動をするのか NHK出版株式会社 pp.196-197
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