もちろん,話がこじれてしまうのは「低賃金」や「非人間的な労働環境」を定義する客観的基準がないからだ。経済発展レベルや生活水準は国によってたいへんな違いがあるので,当然ながら,アメリカの飢餓賃金は中国ではかなりよい賃金(中国の平均賃金はアメリカのそれの10%)になるし,イオンドでは大金(インドの平均賃金はアメリカの2%)になる。アメリカでも昔は,労働者は非人間的な環境で極端な長時間労働を強いられたのだから,フェア・トレードを求める人々のほとんどは,祖父たちが製造した品物は買えないことになる。20世紀の初頭まで,アメリカでも週平均労働時間は60時間ほどだったのだ。当時(正確には1905年)アメリカの最高裁は,パン職人の労働時間を1日10時間以下に制限したニューヨーク州法を,「望むだけ働く自由を奪う」という理由で憲法違反と断じた。
ハジュン・チャン 田村源二(訳) (2010). 世界経済を破綻させる23の嘘 徳間書店 pp.26-27
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