嫌悪はおもしろい。なぜなら,人間の排泄物や腐敗した遺体といった特定のものに対しては,誰もが嘔吐反応を示すからだ。ここにも学習が入り込む余地がある。他人が気持ち悪いと言うと,気持が悪いように思えてくる物や行動があるのだ。食物の好みや個人の衛生意識,性行為が文化によって多様であるのがその証拠である。欧米の基準では口に合わないはずの昆虫やは虫類がアジアの料理に食材として使われているのは有名な話だ。それほどには知られていないが,コピ・ルアクという飲料がある。インドネシア産の希少なグルメ・コーヒーだが,その原料となるのが,東南アジア全土に分布し,樹上生活を送っている暗褐色のネコ科の動物,ジャコウネコの消化管を未消化で通り抜けたコーヒー豆なのである。コピ・ルアクの最大の輸出先は日本で,500グラムあたり最高600ドルほどで販売されており,世界で最も高価な“ウンチ・コーヒー”となっている。痰の例をとってみようか。他人のねっとりした黄色い粘液ほど気持ち悪いものは,そうはない。2008年北京オリンピックの準備が進む中,北京市当局は,公衆の面前で痰を吐いたり手鼻をかんだりという,中国では当たり前になっているが欧米人にとっては吐き気を催す習慣を禁止しようとした。皮肉なことに,ハンカチで鼻をかんで,汚れたハンカチをそのままポケットに突っ込むという欧米人の習慣を目にすると,多くの日本人はおえっとなるらしい。鼻汁を持ち歩くなど気色悪いと考えるのだ。欧米人にしても,鼻汁以外の排泄物をポケットに入れっぱなしにするとなれば,同じように思うことだろう。動物との性行為について考えてみてもよい。たいていの人はそうだろうが,私も,コロンビア北部の町,サン・アンテロではロバとの性交が容認されていると知るまでは,獣姦は世界共通のタブーだと思っていた。この町では,思春期の少年たちにこの習慣を推奨している。それどころか,獣姦を祝う祭りまであって,とりわけ魅力的なロバはカツラをつけられ,メークまでされて,町を練り歩くのだ(私としては,最後に挙げたこの例については,手の込んだデマであってくれればといまだに思っている)。
ブルース・M・フード 小松淳子(訳) (2011). スーパーセンス:ヒトは生まれつき超科学的な心を持っている インターシフト pp.67-68
(Hood, B. (2009). Supersense: Why We Believe in the Unbelievable. London: HarperCollins.)
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