さていよいよ,遺伝子プールに関して論じるきっかけとなった発言に戻ろう。もし人間のブリーダーを彫刻家とみなすのなら,彼らが鑿で刻んでいるのはイヌの肉体ではなく,遺伝子プールである。ブリーダーは,たとえば,将来のボクサーの鼻づら(吻)を短くすることが狙いだと公言するかもしれないので,対象はイヌの肉体のほうであるように見える。そして,そのような意図からもたらされる最終産物は,まるで祖先のイヌの顔に鑿が振るわれたかのように,短い鼻づらになるだろう。しかし,これまで見てきたように,どの一世代の典型的なボクサーも,その時代の遺伝子プールの抽出標本(サンプル)なのである。長年にわたって彫られ,削られてきたのは遺伝子プールなのだ。長い鼻づらのための遺伝子が遺伝子プールから削りとられ,短い鼻づらのための遺伝子に置き換えられたのである。ダックスフントからダルメシアン,ボクサーからボルゾイ,プードルからペキニーズ,グレートデンからチワワまで,あらゆる犬種は,文字通りの肉と骨ではなく,その遺伝子プールを彫られ,削られ,こねられ,成形されてきたのである。
リチャード・ドーキンス 垂水雄二(訳) (2009). 進化の存在証明 早川書房 pp.88
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