人間は恐怖心のあまりない犬をつくり出そうとして,大きな危険をおかしている。しまいには,とても危険な動物が登場しかねない。その一方で,これまでのところ,ラブラドールレトリーバーはこの問題からまぬかれている。ラブラドールは恐怖心があまりなく,しかも攻撃性が低い。自然界では見られない現象だ。これは繁殖家がどちらの情動も低いレベルを選択してきたからだろう。少なくとも,そういう選択をしていることを願う。ところが,ラブラドールの場合でも,あまり知られていないが,遺伝的な形質が原因の問題が出てきた。
ひとつは,とてもおとなしい犬ができるように品種を改良していることが原因だ。そして,おとなしすぎて異常なラブラドールが出現しはじめている。上下の顎をつかむといった攻撃的なことをしても,反応を示さない。驚くべき犬も出てきて,車がバックファイヤーを起こしても,飛びはねもしなければ,誘導することになっている視覚障害者を連れて逃げもしない。こういう性格は,乱暴で何をするか予測がつかない子どもの相手にはおあつらえ向きといえる。
ラブラドールは痛みの感覚も鈍い。とはいえ,これは昔からもっていた特性かもしれない。ニューファウンドランドの作業犬だったから,氷のような水中に飛び込んで魚網から魚をとってこなければならなかった。ラブラドールのそういう行動は今日でも見られる。幼犬は子ども用の浅いプールに飛びこんで,魚をつかまえようとしているように,がむしゃらに水をかく。
おとなしすぎる犬をつくり出すことで生じた問題は,あらゆる意欲を奪ってしまうということだ。盲導犬訓練学校の女性と話したときに,注意散漫なために役に立たないラブラドールがいるという話を聞いた。訓練のできない犬をつくり出しているのではないかという心配が出はじめている。もっと困ったことに,癲癇をもつラブラドールが出てきた。どんなものでも脳の特性の過剰選択をすると,最後は癲癇が出る。これはスプリンガースパニエルに生じたことで,今では突然凶暴になる「スプリンガーレイジ」という病気をもっている。とても機敏に見えるように品種改良されてきて,最後には,一種の癲癇をもつようになり,突然,攻撃的になるようになった。
テンプル・グランディン&キャサリン・ジョンソン 大橋晴夫(訳) (2006). 動物感覚 アニマル・マインドを読み解く 日本放送出版協会 pp.172-173.
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