ときには,一個の大きな突然変異の導入から新しい犬種が始まることがある。突然変異は,非ランダムな自然淘汰による進化の素材を構成している遺伝子の,ランダムな変化である。自然状態では,大きな突然変異はめったに生き残らないが,研究しやすいので,研究室の遺伝学者には好まれる。バセット犬やダックスフントのような,非常に短い脚をもつ犬種は,軟骨形成不全症と呼ばれる,単一の遺伝子突然変異をともなう一段階の変化でその特徴を獲得した。これは,自然状態ではおそらく生き残れないと思われる大きな突然変異の古典的な例である。同様の突然変異は,人間の小人症のなかでもっとも数多く見られる疾患の原因になる。胴体はほぼふつうの大きさなのだが,腕と脚が短いのである。他の遺伝的な経路が,もとのプロポーションを保ったままだがミニチュアサイズの犬種をつくりだす。犬のブリーダーたちは,軟骨形成不全症のような少数の大きな突然変異と,多数の微細な突然変異の組み合わせを選抜していくことによって,大きさと形状の変化を達成する。変化を効果的に達成するためには,遺伝学を理解している必要もない。まったくなにも理解していなくとも,どれとどれを交配させるかを選んでいくだけで,あらゆる種類の望みの形質を育てることができる。これこそ,イヌのブリーダーや他の動物飼育家や植物栽培家全般が,遺伝学について誰かが何かを理解するより何世紀も前に達成していたことなのである。そして,ここには自然淘汰についての一つの教訓がある。なぜなら,自然は当然ながら,何についてであれ,まったく理解せず,気づきさえしていないからだ。
リチャード・ドーキンス 垂水雄二(訳) (2009). 進化の存在証明 早川書房 pp.89-90
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