花にとっては,虫媒(昆虫による受粉)は,風媒のあてずっぽうな無駄打ちの浪費に比べて,経済的には大きな前進といえる。たとえミツバチが無差別に花を訪れ,キンポウゲからヤグルマソウへ,ポピーからクサノオウへ自由気ままにふらふら移っていくとしても,毛におおわれた腹部にしがみついた花粉の粒が正しい標的——同じ種の別の花——に命中する確率は,風に乗せてまき散らした場合よりもはるかに大きい。それより少しましなのは,特定の色,たとえば青色を好むミツバチだろう。あるいは,いかなる固定された色の好みももっていないが,色に対する習慣性を形成する傾向をもち,したがって盛りの花の色を選ぶミツバチである。それよりもっといいのは,ただ1つだけの種を訪れる昆虫である。そして,ダーウィン/ウォレスの予言を思いつかせたマダガスカル島のランのような花がある。この花の蜜は,この種類の花に特殊化した特定の昆虫にしか利用できず,その昆虫は蜜の独占という利益を得ている。そうしたマダガスカル島のガは,究極の魔法の弾丸なのである。
リチャード・ドーキンス 垂水雄二(訳) (2009). 進化の存在証明 早川書房 pp.113
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