動物が抱く恐怖を理解するには,脳に関する知識が役に立つ。恐怖の神経学で代表的な研究者に,ニューヨーク大学のジョゼフ・ルドゥー博士がいる。博士は著書『エモーショナル・ブレイン』で,恐怖は扁桃体で発生すると解説している。科学者でない人にとってまことに興味深いのは,脳の中には二種類の恐怖があるということだ。これは博士が発見した「速い恐怖」と「遅い恐怖」で,博士はそれぞれ「低位の経路」,「高位の経路」と名づけた。
高位の経路が遅い恐怖を与えるわけは単純だ。脳を通る物理的な道のりが低位の経路よりも長いのだ。高位の経路では,怖い刺激,たとえば道ばたでヘビを見かけるなどの情報は,感覚器官を通って脳の奥にある視床にとどく。視床は分析するために,脳の上部にある皮質に刺激の情報を伝える。それで,ルドゥー博士は遅い恐怖を高位の経路と呼ぶ。情報は遠路はるばる脳のてっぺんまで伝わらなければならない。情報がたどり着くと,皮質はみなさんが見ているものをヘビだと判断して,この情報—ヘビがいるぞ—を扁桃体に送り,みなさんは恐怖を感じる。この過程は全部で0.024秒かかる。
低位の経路でかかる時間はその半分だ。速い恐怖システムを使うときには,道ばたでヘビを見ると,知覚情報は視床にとどき,そこから直接扁桃体に送られる。扁桃体も脳の奥,頭の側面にある。この過程は0.012秒かかる。ルドゥー博士が速い恐怖を低位の経路と呼ぶのは,知覚情報が脳のてっぺんまで伝わらないからだ。皮質は蚊帳の外だ。。
どちらのシステムも同じ知覚情報が入力されて,同時に作動する。つまり,視床は恐怖になりそうな知覚情報を受け取って,二カ所に送り出す。ヘビを見ているなら,速い恐怖システムが,0.012秒でぎょっとさせる。それから,0.012秒後に,くわしく分析するために皮質を経由してようやく扁桃体にたどり着いた,まったく同じ情報による恐怖の衝撃を受け取る。
テンプル・グランディン&キャサリン・ジョンソン 大橋晴夫(訳) (2006). 動物感覚 アニマル・マインドを読み解く 日本放送出版協会 pp.282-283.
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