気性と外見の関係で私が気に入っている例に,ドミトリー・ベリヤエフがロシアでおこなったギンギツネの繁殖実験がある。ベリヤエフ博士は遺伝子学者で,私たちが家畜に見る形質は自然淘汰で決定されたと考えている。犬が今のようになったのは,その行動が生存と繁殖の手助けとなったからだ。。
博士は仮説を調べるために,ギンギツネを使って自然淘汰の研究に着手した。数世代のあいだに,野生のキツネを犬のような家畜に変えることができるのか,たしかめたかったのだ。そこで,各世代の中で,いちばん「手なずけやすい」もの—人間との接触を我慢しようとするキツネ—だけに子どもをつくらせた。
この計画が開始されたのは1959年で,85年に博士が世を去ると,べつの研究者グループがあとを引きついだ。都合40年におよぶ,30世代以上をかけた,キツネの飼いならしの品種改良がおこなわれたのだ。今日では,キツネは,犬ほどではないが,とてもよく飼いならされている。研究者によると,キツネは幼いときには人間の注意を引こうとして競い,あわれっぽい声で泣いたり,しっぽを振ったりする。ベリヤエフ博士が考えていたとおり,家畜に変身しているのだ。
おもしろいことに,キツネは性格にともなって外見が変化した。最初に変化が見られたのは,毛の色だった。銀色から,ボーダーコリーのような黒と白になったのだ。写真で見ると,ボーダーコリーにそっくりだ。しっぽも巻くようになり,耳のたれたキツネが出てきた。たれ耳というのは,上出来だ。かのダーウィンによると,少なくとも家畜が見つかっている国で,耳のたれていない品種がひとつもない家畜はいないそうだ。それは事実ではないと思う。どこの国を見わたしても,耳のたれた馬の品種など考えられないからだ。とはいえ,そのほかの家畜は,どれもすべて,たしかに,耳のたれた品種が少なくともひとつかふたつはある。耳のたれた野生動物といえば,私が知っているのはゾウくらいだ。
キツネの写真を見ると,骨も太くなっていると思う。これは,骨のきゃしゃな動物が神経質であることを考えると,予想がつく。ベリヤエフ博士はキツネがおだやかな性格になるように品種を改良していた。それで,おそらく,体が少しずつ大きくなり,骨が太くなっていったのだろう。
飼いならされたキツネは,体と行動の変化にともなって,脳も変化していた。頭が小さくなり,血中のストレスホルモンの値が小さくなり,脳内のセロトニン値が高くなった。セロトニンは攻撃性を抑制する。もうひとつ,興味深い変化があった。雄の頭蓋骨が「雌性化」していたのだ。頭の形が野生のオスのキツネよりもメスのキツネに似ている。
やがて,案の定,神経症の問題を抱えるキツネが出てきた。癲癇を起こし,奇妙な姿勢で頭を後ろにそらすようになったものもいた。わが子を食べてしまう母親さえいた。純粋な過剰選択は,かならず,問題をまねく。
テンプル・グランディン&キャサリン・ジョンソン 大橋晴夫(訳) (2006). 動物感覚 アニマル・マインドを読み解く 日本放送出版協会 pp.312-314.
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