伽藍というのは,ひとの集団が物理的・心理的な空間に閉じ込められている状態で,学校のような外部から遮断された世界のことです。それに対してバザールは開かれた空間で,店を出すのも畳むのも自由です。伽藍とバザールでは,「評判」をめぐってまったく異なるゲームが行われています。
バザールは参加するのも出ていくのも本人の勝手ですから,相手に悪い評判を押し付けようとしてもなんの効果もありません。悪評ばかりの業者は,さっさと廃業して,別の場所や名前で商売を再開すればいいだけだからです。
その一方でバザールでは,悪評と同様に,いったん退社すると良い評判もゼロにリセットされてしまいます。よい評判は立派な「資産」ですから,それをたくさん持っている業者は,同じ場所にとどまってさらによい評判を増やそうと考えるでしょう。顧客は評判のいい業者から商品やサービスを購入しようとしますから,これがいちばん合理的な戦略なのです(ネットオークションがその典型です)。
このようにしてバザール空間でのデフォルトのゲームは,できるだけ目立って,たくさんのよい評判を獲得することになります。これが「ポジティブゲーム」です。
それに対して閉鎖的な伽藍空間では,押し付けられた悪評はずっとついて回ります。このゲームの典型が学校でのいじめで,いったん悪評の標的にされると地獄のような日々が卒業までつづくことになりますから,できるだけ目立たず,匿名性の鎧を身にまとって悪評を避けることが生き延びる最適戦略になります。こちらは,「ネガティブゲーム」です。
橘 玲 (2011). 大震災の後で人生について語るということ 講談社 pp.139-140
PR