多少思考力のある人間ならば,他者の排斥によって自分を確立しようとしたとき,どうしても,「他者も自分を排斥しようとしているのでは」と思いついてしまうだろう。悪口を言う人ほど,「きっとみんなは自分の悪口を言っている」と怯える。子供のときにはそこまで想像が巡らなかったかもしれないが,大人になれば自然にそれくらいは想像してしまうのだ。してしまうから,それによって「自分」が不安定になる。
これは,手法が致命的欠陥を持っている,というほかない。この方法では,自分を確立することはできないだろう。極度に自分に自信(あるいは幻想)があって,自分は神だとでも思わないかぎり無理である。常に他者の目を気にして,しだいに窮地に追い込まれる。酒に逃避するなど,別の逃げ道を見つける以外になくなる。ようするに,最後は考えないようにするしかない。考えない人間というのは,はたして人間か,と疑われる存在に行き着くだろう。
森博嗣 (2011). 自分探しと楽しさについて 集英社 pp.98
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