要するに,コンテクスト(文脈)が重要なわけだが,そこから言えるのは,芸術においての時の試練の結果を予想するのは難しい,ということだ。いまは新鮮な映像も,20年後にはつまらなくなっているかもしれない。現代人にとってフランス印象派の色彩は,不調和なわけでも衝撃的なわけでもなく,保守的できれいなだけが取り柄だ。レッド・ツェッペリンを聴いたら,ジーン・ヴィンセントなど,ハード・ロックのうちにも入らない。スティーヴン・スピルバーグの「ジュラシック・パーク」の恐竜は,映画が公開された当初は,特殊効果で多くの観客を楽しませたが,いまとなっては,予算不足の東欧のコンピュータ・ゲームかと思える。
逆に,時を経て力をもつ映像や音楽もある。マイルス・デイビスの晩年のアルバムは,フュージョンとファンクをごちゃまぜにしたような音楽で,当時のジャズ評論家には理解されなかった。なぜバップや絹のように滑らかなトランペットの音を捨てて,雑音にしか聞こえない音楽に走ったのか,というわけだ。ところがいまでは,ジャングル,トランス,ラップ,環境音楽の先駆けともてはやされている。19世紀のアメリカの画家,ウィンスロー・ホーマーは,その時代に軽くみられていたが,現代に生きるわれわれは,人権問題の繊細な描写や,人間の尊厳に対するこだわりに感銘を受ける。
こうした点から,美術館の作品の見方に関する具体的な教訓が導き出せる。ひとつの作品は繰り返し見るべきだが,ほかの作品を見た後でそうするべきだ。ある美術館をより深く理解しようと思うなら,関連のある作品が所蔵されているほかの美術館にも足を運ぶ。
タイラー・コーエン 高遠裕子(訳) (2009). インセンティブ:自分と世界をうまく動かす 日経BP社 pp.82-83
PR