現代の読者にとっては,取り決め婚など,とても考えられないかもしれない。だがこのような結婚の取り決め方は,特異な現象でも,インドに特有の慣習でもなく,過去5千年にわたって世界中で見られた行動規範の重要な一部分だった。古代中国から古代ギリシャ,古代イスラエルの12部族に至るあらゆる世界で,結婚は一般に家族の問題と見なされていた。男女の結婚は,家族間のきずなを生み,強めるための手段だった。近くの見知らぬ部族と婚姻関係を結ぶのも,二国間の政治同盟を強化するのもみなそうだった。結婚の目的は,2人の大人とその子どもで労働を分担する経済的利益のためでもあり,血筋を絶やさず,生活様式の継続性を守るためでもあった。言い換えればこのきずなは,目的を共有することで成り立っていた。結婚した2人を結びつけていたのは,互いに対する義務だけではなく,親族に対する義務でもあった。人々は親族の義務という観念に縛られ,ときには配偶者が亡くなってからもなお拘束された。ヘブライ語聖書[旧約聖書]の申命記には,ある人の兄弟が亡くなったら,その人は兄弟の残した未亡人をめとって養わなければならないと記されているし,インドでは今なおこれに似たしきたりが続いている。前にも述べたように,結婚生活での義務や,結婚を通じた親族への義務が重視された主な理由は,生きていくために親族全員が協力しなくてはならなかったからだ。
シーナ・アイエンガー 櫻井祐子(訳) (2010). 選択の科学:コロンビア大学ビジネススクール特別講義 文藝春秋 pp.65-66
(Iyengar, S. (2010). The Art of Choosing. New York: Twelve.)
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