たしかにこれまで多くの人がアメリカンドリームに鼓舞されて,偉業を成し遂げている。しかし,アメリカンドリームが夢のままで終わってしまった人も数知れない。アメリカは昔から「チャンスの国」と呼ばれている。そんな時代も,たしかにあったのだろう。だが今日のアメリカでは,スウェーデンやドイツなどの西ヨーロッパ諸国に比べて,親子の所得に強い相関が見られることが,最近の研究で報告されている。つまり,アメリカで成功できるかどうかは,努力よりは,生育環境に負うところが大きいということになる。このような研究報告を,アメリカ人が自国の独自性を過信していること,またはそれ以外の国の人が自国での機会を悲観視しすぎていることの証拠と受け取るかどうかは,意見が分かれるところだ。しかしそれは,人びとの価値観や信念が,重大かつ永続的な影響をおよぼしていることを,たしかに実証している。
結局のところ,アメリカンドリームが実現可能な夢なのかどうかは,それほど重要ではない。どんな世界観もそうだが,アメリカンドリームは,全国民の理想を形作ったという点で,これ以上ないほど現実的な力なのだ。アメリカでは,アメリカンドリームの語りが,国民1人ひとりの人生の物語の礎になっている。アメリカンドリームの力を本当の意味で理解して初めて,なぜほかの夢を掲げる国や文化が,選択,機会,自由についてまったく異なる考え方を持っているのか,その理由を理解することができるのだ。
シーナ・アイエンガー 櫻井祐子(訳) (2010). 選択の科学:コロンビア大学ビジネススクール特別講義 文藝春秋 pp.102
(Iyengar, S. (2010). The Art of Choosing. New York: Twelve.)
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