わたしたちが高収入の仕事に強く惹かれるのは,お金がたくさんあれば充足と安全が買えると,熟慮システムに思い込まされているせいかもしれない。充足と安全は,客観的に見て良い結果なのだ。だがこのシステムは,高収入に伴うことの多い,通勤の精神的費用や余暇時間の喪失を計算に入れていないのかもしれない。ダニエル・カーネマンと同僚たちの研究では,通勤は,平均的な人の1日のうちで群を抜いて最も不快な時間であり,通勤時間が1日あたり20分長くなることが幸福度に与えるダメージは,失職が与えるダメージの5分の1にも上るという。素敵な住宅街の,良い学校の近くにある広い家に住むためなら,通勤時間が多少長くなっても構わないと思う人がいるかもしれないが,このようなメリットが,通勤時間が長くなることのデメリットを相殺することは,まずないのだ。
シーナ・アイエンガー 櫻井祐子(訳) (2010). 選択の科学:コロンビア大学ビジネススクール特別講義 文藝春秋 pp.167-168
(Iyengar, S. (2010). The Art of Choosing. New York: Twelve.)
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