ボツリヌスの語源は「ソーセージ」を意味するラテン語の「ボツラス(botulus)」である。アメリカ合衆国では,肉製品,魚の保存食,家庭で缶詰にした食品などの摂取によるボツリヌス中毒が散発的に発生する(へこみのあるキャンベルのスープ缶にはボツリヌス菌が入っている,と昔は皆が信じていたことをアメリカ人なら覚えているだろうか。実際はそんな可能性は極めて低いのだが,おそらく親や祖父母が幼かった頃の知恵の名残だろう。1930年代のボツリヌス大流行によるパニックで,アメリカの缶詰産業は壊滅的打撃を受けたのである)。ボツリヌス菌接種後の潜伏期間は18〜36時間。米国疾病管理センター(CDC)の統計によると,アメリカでは平均して年間約110例のボツリヌス中毒が報告される。そのうち食物経由のものは約25%であり,残りの大部分に当たる72%は,土,ホコリ,時にはハチミツに含まれるボツリヌス菌が乳幼児の体内に入ることによって起こる乳児ボツリヌス症だ。年長の子どもや大人の場合,消化器官が発達していて菌が病気を引き起こす前に体外に排出できるので,通常こうした菌は無害である。2003年にはアメリカ国内で86例の乳児ボツリヌス症が報告されたが,いずれも死に至ることはなかった。
それ以外の症例は創傷ボツリヌス症であり,多くはヘロイン中毒者によるドラッグの静脈注射で引き起こされる。近年で最悪の症例は2003年に発生したケースで,ワシントン州でブラックタールと呼ばれる成成ヘロインを駐車した十数名が感染し,1人が死亡した。
ボツリヌス中毒で死ぬときは拷問にも等しい極度の苦痛を伴う。ボツリヌス毒素は筋肉の収縮をコントロールする神経伝達物質アセチルコリンの受容体部位をブロックする。そのため筋肉が麻痺して体のコントロールが利かなくなる。普段は常に収縮していることによって便を抑えている腸管が緩んで下痢をする。自律神経が失調する。脳神経から麻痺が徐々に下へ広がり,肺が機能停止する。息ができなくなり,手の施しようもないまま窒息死する。あるいは息ができなくなり,死への恐怖でパニックに陥って心臓発作を起こして死ぬ。
アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.59-60
PR