ありえなさ(非蓋然性)からの論証は1番の大物である。伝統的な装いの目的論的論証は,神の存在を支持するために用いられる論法として現在もっともよく知られているものであり,驚くほど数多くの有神論者が,それを完全かつ申し分なく説得力のあるものとみなしている。実際それは非常に強力で,反論の余地ない論証ではないかと私は思う---しかしそれは,有神論者の意図とはまったく正反対の方向においてである。ありえなさからの論証は,正しく展開されれば,神が存在しないことの証明に近づいていく。この,ほとんど確実に神が存在しないことの統計学的な実証法を,私は<究極のボーイング747作戦>と呼ぶことにする。
この名は,フレッド・ホイルが言ったという。ボーイング747とガラクタ置き場をめぐる楽しいイメージから採ったものだ。ホイルが自分自身でそう書いたのかどうか確信はないが,彼の親密な同僚であるチャンドラ・ウィックラマシンジによってホイルが考えたことだとされており,おそらく本当なのだろう。ホイルは,地球上に生命が起源する確率は,台風がガラクタ置き場を吹き荒らした結果,運良くボーイング747が組み上がる確率よりも小さいと言った。ほかの人間たちが,それ以後の複雑な生物体の進化を表すのにこの一見もっともらしい比喩を借用してきた。素材となる一群のパーツをでたらめにかき混ぜて,完璧に機能するウマ,甲虫,あるいはダチョウが組み立てられる確率は,確かに747ができる確率といい勝負であろう。これは,一言で言えば,創造論者のお気に入りの論法であり,自然淘汰のイロハを理解していない人間だけがおこなうことのできる主張である。そういう人々は,自然淘汰を偶然だのみの理論だと考えているが,ところが,この理論は言葉の正しい意味での偶然とは,正反対のものにほかならない。
リチャード・ドーキンス 垂水雄二(訳) (2007). 神は妄想である 宗教との決別 早川書房 pp.169-170.
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