美の構成要素の定量化を試みた研究はこれまでにもおこなわれている。ルイヴィル大学心理学教授マイケル・カニンガムは1980年代,大学生と協力して一連の実験をおこなった。男子大学生に女性の顔の点数をつけさせ,理論上は完璧に美しい顔を形作ることのできる測定値を発見した。理想的な目の幅は,目の高さで顔の横幅の10分の3,顎の長さは顔の5分の1,眼球の目に見える部分の縦の長さは顔のたった14分の1。だがマルクワルトが望んでいたような,外科医が文字通り切り抜き縫い合わせて完璧な顔を作れるテンプレートはできなかった。
マルクワルトはコンピュータを起動させた。彼はことのほか興味深い研究をしていた。異なる文化に属する人々が,美しい顔,それほど美しくない顔,不細工な顔に対してそれぞれどんな反応を見せるか,という研究だ。彼は並んだ18個の顔を被験者に見せ,美しいと思った順に番号をつけさせた。スーパーモデルのステファニー・シーモアもいれば,繊維組織が増殖する神経線維腫症によって溶けた蝋のように顔が変形した女性もいる,というように極端なものだった。研究参加者の出身国,出身民族は多岐にわたっていたが,18の顔を全員がほぼ例外なく同じ順に並べた。
「『醜い相手を愛する人もどこかにいるだろう』と言いたがる人もいます」。マルクワルトは顔の白黒写真の映像を次々と示した。1枚ごとに前の写真よりも醜くなっていく。最初はどこにでもいるような,普通に不細工な顔。鼻は大きすぎ,目は寄りすぎている。それから顔は変化していく。甲状腺腫がある。顔の病気や障害がある。どんどん見るに耐えない顔となっていく。「私に言わせれば,そんなきれいごと,クソ食らえですよ」とマルクワルトは声をあげた。「醜い顔が好きな人なんていません。それに,ほとんどの人は,同じように醜さを嫌っているんです。変形してもう人間とは言えないくらいの顔がいくつかあります。できるだけ広範囲の顔を集めたのですが,97%の人はそんな顔を同じ順位につけました。日本人男性が1人いましてね,彼がランクづけした結果はアメリカ人女性と同じだったと教えてやったら,ひどく怒りました。『われわれ日本人の美のとらえ方はまったく異なるのだ。そんな結果が出るなどあり得ない』と言うんですね。すごく侮辱されたように感じたようです。しかし事実は事実ですから」
アレックス・クチンスキー 草鹿佐恵子(訳) (2008). ビューティー・ジャンキー:美と若さを求めて暴走する整形中毒者たち バジリコ pp.160-162
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