自己啓発セミナーは,第二次世界大戦後にアメリカで開発されたリーダー養成のための研修の方式であるセンシティビティ・トレーニング(ST)と,1970年代以降に生まれたニューエイジ思想が結びついたものと言われている。
ニューエイジとは日本ではほぼ精神世界という言葉で輸入され,昨今はそれもスピリチュアルという言葉に置き換わった。スピリチュアルとは美輪明宏や江原啓之などが喧伝する,オーラや前世や霊などの存在全般を指す「霊的な,精神的な」といったような意味の言葉だ。とはいえ,厳密にはニューエイジ=スピリチュアルではない。ここではニューエイジについて少し掘り下げてみたい。
1960年代にアメリカで盛り上がったフラワームーブメントの主人公だったヒッピーたちが,その後どこに行ってしまったのかという話から始めよう。ヒッピーとはこの時代に髪を伸ばし,ジーンズをはき,ベトナム戦争に反対し,愛と平和と芸術と自由を愛し,ロックやフォークなどを生み出した若者たちの総称である。彼らのメンタリティの根本には西洋近代主義,消費社会,物質文明への疑問があり,その代わりに東洋思想やネイティブアメリカンといった対極にある思想を積極的に取り入れている。
また,世界は2000年続いた魚座の時代から新しい水瓶座(エイジ・オブ・アクエリアス)の時代に移行するという,占星術の影響も受けている。『ザ・ヘアー』というミュージカルの曲『エイジ・オブ・アクエリアス』は,まさにこのニューエイジ(新しい時代)をテーマにしたものだ。ヒッピーたちは,この新しい時代を迎え,自分たちの潜在能力を覚醒させなくてはならないということも信じていた。
1969年に開催されたフリーコンサートのウッドストックも,LDSをはじめとしたサイケデリックなドラッグも,こうした新しい時代の到来を謳歌するヒッピーたちの儀式だったと言っていい。
しかし,そんな世界の変革を信じていたヒッピーたちも,1970年代になると熱が冷めたのか,みな家庭や社会へと戻っていった。しかし,彼らが持っていたヒッピーの思想は消えたわけではなく,彼らが社会に溶け込んだように,その思想も自分たちの社会にうまく適応させる形で持ち込んだのだ。
それらは具体的にはエコロジー運動,瞑想,ヨガ,アロマテラピー,ドルフィンスイミング,オーガニック健康食,菜食主義,チャネリング,ある種のダイエット,パーソナルコンピュータといったものへと変化した。ここで挙げたようなものがニューエイジと呼ばれるようになり,日本においても1970年代末から精神世界として流行するようになる。
速水健朗 (2008). 自分探しが止まらない ソフトバンク クリエイティブ pp.53-54
PR