有機農業は最近,市民から生き物を大切にするとして高く評価されている。市民が,田んぼの生き物を調査するイベントなども開かれ,田んぼが多様な生物を育む場所として歓迎されている。
しかし,そこで評価されるのは,クモがいてトンボが飛びカエルが鳴きメダカがいる「人に都合の良い自然」である。市民は,クモやトンボが蘇ったと喜ぶけれど,イネに大きなダメージを与えるウンカやカビ,人の健康を損なうかもしれない病原性微生物まで,自然として引き受けようと思っているわけではない。
実際には,生き物の「選別」は難しい,自然は非常に厳しいものであり,人に都合の良い生き物を蘇らせれば,人に害をもたらすものもまた,蘇る。
昔,一部の地方の水田や用水路には罹った人が死にも至る日本住血吸虫がいた。用水路がコンクリートで三方を固められ農薬が使われて,中間宿主であるミヤイリガイが生息できなくなり,日本住血吸虫も1976年を最後に報告されなくなった。コンクリートで固められた用水路も農薬も,最近ではとても評判が悪いが,こうした効果もあったのだ。その結果,どこの地域でも子どもたちが水田や水路に入って田植えを経験したり生き物調査もできるようになった。
だが,ミヤイリガイがまったくいなくなったわけではなく,一部地域には生息している。もしフィリピンや中国の日本住血吸虫が人や生物の移動により入ってきたら,この深刻な感染症が復活する恐れもある。あるいは,温暖化によってマラリアやデング熱を媒介する蚊が日本でも生息するようになり,田んぼが蚊の温床になる可能性もある。
多様な生物を育む場は,こうしたリスクも秘めている。そのことを,市民は理解しているのだろうか?
松永和紀 (2010). 食の安全と環境:「気分のエコ」にはだまされない 日本評論社 pp.138-139
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