日本の大きな問題は,市民の遺伝子組換えに対する科学的な理解が進んでいない,ということだ。内閣府が08年に中学校・高校の教員を対象に意識調査を行っている。基礎知識を確認するため,たとえば「遺伝子組み換え作物には昆虫を殺す毒素を作るものがあり,これを昆虫が食べると死んでしまうが,人間が食べても害はない」という内容の正誤を問うている。この内容は正しいのだが,正解率はわずか21.8%だった。アンケートに答えた教員の75%が授業で遺伝子組換えに関連した授業の経験があるにもかかわらず,である。正しい情報が市民に浸透していないことがうかがえる。
その結果,遺伝子組換え食品に対する市民の不安は強い。食品安全委員会が09年に実施した食品安全モニター調査でも,「非常に不安」「ある程度不安」とする回答が64.6%に上った。こうした市民感情を受けて,いくつかの自治体が栽培規制をかけている。遺伝子組み換え作物を栽培する前に自治体に届け出て審査を受けることを義務づけたり,一般作物と一定の隔離距離をとるように定めたりするなどしている。安全性への懸念からではなく,市民の「安心」を担保しようとする姿勢が目立つ。
実際には冒頭で説明したように,組み換え作物の開発企業は,わざわざ反対感情が強い日本で,すぐに種子を売ろうとは思っていない。日本の農業市場は極めて小さく,開発企業にとって困難なリスクコミュニケーションを遂行しながら種子を売る価値などない。
松永和紀 (2010). 食の安全と環境:「気分のエコ」にはだまされない 日本評論社 pp.193-194
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