ここで私はちょっとした頭文字からなる専門用語を作りたい。ペトワック(PETWHAC)は,“本来偶然にすぎないのに,なにか関係があるように見える事象の集合(Population of Events That Would Have Appeared Coincidental)”の略である。集合(population)とは奇妙な言葉に思われるかもしれないが,正確な統計学的用語である。さて,霊能者の呪文から10秒以内に止まった誰かの時計,という現象は明らかにペトワックの範疇に入る。同様のことは,その他多くのことについても言える。厳密に言えば,居間の時計が止まったことは除外すべきだ。霊能者は振り子時計までをも止められるとは口にしなかった。それゆえに,人々は霊能者の念力は思いのほか強力なのだ,という誤った思いこみを強めることになる。霊能者は,腕時計が一日前に止まることや,心臓発作に同調して止まることについても何も言わなかった。これも同じ効果をもたらす。
つまり,このような関係のない周囲のできごともペトワックの範疇に入ってくる。そこには,なにか神秘的な力が働いたに違いないと思ってしまうのだ。このように考えはじめると,ペトワックは本当に,かなり大きな集合となる。ここが重要なポイントだ。もし腕時計が24時間も前に止まれば,易々とだまされることもないし,このできごとをペトワックに含めることもないだろう。しかし,もし腕時計が呪文のちょうど7分前に止まれば,このことに感銘を受ける人がいるかもしれない。なぜなら7は古代から神秘的な数字だからだ。おしておそらく,同じことが7時間,7日,などにも言えるだろう。ペトワックの例はたくさんあることをよく知っておけば,なにか偶然の一致が起きたときに惑わされずにすむ。ペテン師の策略のひとつは,ありふれた現象をさも珍しいことのように思わせることにある。
リチャード・ドーキンス 福岡伸一(訳) (2001). 虹の解体 いかにして科学は驚異への扉を開いたか 早川書房 pp.205-206.
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