実験室に話を戻すと,スキナーは,それぞれ異なった目的をもつありとあらゆる種類のスキナーボックスをつくり出して,膨大な研究集団を組織し研究を進めた。そして1948年,スキナーボックスの基本は踏襲しつつも,ある天才的な仕組みを考案した。彼は,行為と報酬の因果関係を完全に切断してみたのである。彼は,鳩が何をしてもしなくとも,時々「報酬を与える」ように装置を設定した。こうなると実際に鳩に必要なことは,くつろいで報酬を待つことだけである。しかし実際に鳩はこのようにはしなかった。そのかわり,8例中6例で,鳩は,まるで自分たちが報酬を受けられる動作を身に付けているかのように,スキナーが「迷信行動」と呼ぶものを作り上げたのである。正確に言うと,こうした行動の内容は鳩によって異なっていた。次に「報酬」がもらえるまで,1羽は独楽のように回転し,2,3羽は反時計回りに回った。別の鳩は箱の特定の上方の角に向かって繰り返し頭を突き出した。また別の鳩は頭で見えないカーテンを持ち上げるかのように,「ぐいと持ち上げる」行動を示した。2羽は別々に,頭や体を周期的に左右に「振り子を揺らす」ような動作を開発した。この最後の動作は,たまたまではあるが,何羽かのゴクラクチョウの求愛ダンスにかなり類似したものに見えたに違いない。スキナーが迷信という言葉を使ったのは,鳩が,本当はそうではないのに,まるで自らの一定の動作が原因となって,報酬のからくりに影響を及ぼしていると考えているかのように行動したからである。これは鳩にとっては,雨乞いの踊りと同じようなものである。
迷信行動は,いったん身に付くと,報酬のからくりが止まってからも,長時間にわたって保たれるようだった。しかし,その動作は不変ではなく少しずつ変形していった。そのあてもなく変形するさまは,さながらオルガン奏者によって進められていく即興のようだった。典型的な一例をあげよう。鳩の迷信行動は,頭を真中の位置から左へ急に動かすという形で始まった。時間が経つにつれ,その動きはもっと精力的になっていった。最終的には,体全体が同じ方向に向き,足も1,2歩踏み出すようになった。何時間にもわたって「局所的な偏向の動作」が続くとしまいには,左方へのステップはこの行動の顕著な特徴となった。迷信行動が可能となるのは,種がもともと有していた能力に基づくものであろう。しかし,このような状況下で一定の動作を行うこと,また,それを何度も行うことは鳩にとって本能的な行動とはいえないだろう。
リチャード・ドーキンス 福岡伸一(訳) (2001). 虹の解体 いかにして科学は驚異への扉を開いたか 早川書房 pp.220-222..
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