そもそも,炭水化物などの穀物を摂取する文化が定着したのは人類の農業化が始まってからのことです。それまでは人類は動物を取り,植物を摘んで口に運んでいましたが,パンや米は主食ではありませんでした。そうなったのは,ほんの1万年前のことです。
1825年,フランスの食生理学の大書,「味覚の生理学」で,著者のサバランは,パンや米,ジャガイモを摂り過ぎると太る,と現在とはまったく逆の説を唱えています。そして,現在でもこの説を覆す「科学的データ」は存在しません。
大家サバランの勧めに従い,19世紀終わりから,20世紀の後半まで,米国民は,「蛋白を取ることはよいことだ」と蛋白と脂肪分たっぷりの栄養食を奨励され続けてきました。古い映画を見ると,馬鹿でかいステーキとかバターたっぷりのパンケーキとか,みんな食べるわ食べるわ,イヤー昔の米国人って本当に食べていたんだなあ,と感じてしまいます。
が,方向転換は思わぬところからやってきました。1977年のことです。米国上院委員会は「米国食生活の目標」という報告書を著しました。ここで「米国人は脂肪の摂取を減らすべきである」という勧告がはじめてなされたのです。それを裏付けるデータはありませんでしたが,肥満とともに高血圧や糖尿病が深刻な問題となってきたこと,肥満と脂肪は密接に関係があるらしいということが古くからいわれてきた(どちらも英語ではFATといいますね!)こと,このような理由があって,政治が食生活の方針を決定した,といえましょう。
その後,脂肪の摂取と肥満との関連を証明するために,米国の研究機関,NIHは何億ドルという研究費を費やしました。が,このような結論は科学的に導き出すことができなかったのです。しかし,NIHは別のデータを手に入れました。
コレステロールの高い人にコレステロールを低くする薬を与えると,心臓での病気で死ぬ確率が低くなることを発見したのです。これはこれでエポックメイキングな発見でした。
さて,NIHは考えました。コレステロールを低くする薬で心臓病が抑えられるのなら,コレステロールの少ない食事でも人間は健康になるに違いない。「だから」コレステロールの,つまりは脂肪の少ない食事を取れば,人間は健康になる,さらには体重も減るかもしれない,とこういう三段論法(?)です。
無論,論理に飛躍がある,と批判した科学者もいましたが,黙殺されました。
岩田健太郎 (2003). 悪魔の味方:米国医療の現場から 克誠堂 pp.126−127
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