英国で比較言語学を学んだとき,最初に教わったことがあります。それは,「いい英語,悪い英語,というのはない」ということです。
英国は小さな国ですが,地域によって英語の発音には極端な発音の違いがあります。ランカシャーの英語,コックニーの英語,アイリッシュの英語,スコティッシュの英語,これが同じ言語か,といいたくなるほどそのアクセントは多彩です。しかし,それはその地域,地域での「正しい」英語なのでして,ランカシャーの英語が正しくてアイリッシュのそれが間違っている,ということはありません。その,優劣も存在しません。「マイフェアレディー」のヒギンズ教授はそうは考えなかったのですが,最後にイライザの心に打たれて「きれいな英語」の愚かさに気づくのです。
クイーンズイングリッシュも,ニューヨークの英語も,その地域での「アクセント」であり,それがインド人の英語やエジプト人の英語に勝っているわけではないのです。
ニューヨークの病院では,多くの民族が働いています。フィリピンから来たナース,アラブ諸国から来た技師,ハイチから来た医者,などなど多彩多様です。日本から来た医師で,ときどきフィリピンやアラブ訛りの英語を馬鹿にする発言をし,私を悲しい気分にさせることがあります。また,自分の英語をこっけいなくらいにアメリカ風に矯正しようとして失笑を買う場合もあります。日本訛りの女性の英語はむしろ「チャーミング」だといって好まれる場合もあるのに。もっとも,私のような日本の男の英語がチャーミングに響いた例は未だ,ありません。
岩田健太郎 (2003). 悪魔の味方:米国医療の現場から 克誠堂 pp.208−209
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