私たちがなぜ人生初期の2年ほどを覚えていないのか,近年の心理学者は次の2つの仮説を提唱している。1つは,脳がまだ十分に発達しておらず,記憶を獲得し保持する機能を担う神経系の働きが整っていないためであるという説である。もう1つの仮説は,言語が発達する年齢まで,私たちが保持したり想起したりできる出来事は非常に限られているというものである。
この2つはまったく別の説明というわけではない。言語の発達と脳の発達はお互いに関連しているので,記憶が言語能力に影響され,その言語能力は脳の成熟に影響されるのだとしたら,結果的に,記憶の発達は脳の成熟と関係していることになるだろう。一方,もし記憶力が言語能力に影響されず,何らかの脳機能に左右されるのだとしたら,その脳機能の準備が整えば前言語的な記憶を獲得できるかもしれない。
カール・サバー 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也(訳) (2011). 子どもの頃の思い出は本物か:記憶に裏切られるとき 化学同人 pp.41
(Sabbagh, K. (2009). Remembering Our Childhood: How Memory Betrays Us, First Edition. Oxford: Oxford University Press.)
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