ネルソンによれば,残存する記憶とそうでない記憶の決定的な違いは,思い出を他者と共有するかしないかである。子ども時代に会話能力が発達するに従って,他者と記憶を共有することで喜びと社会的な承認を得るようになる。さらに,もしこの他者というのが自分の親であれば,単に話に耳を傾け,そうだねと頷く以上のことが,対話のなかで展開される。それは,会話を通じて,子どもの自伝的アイデンティティ全体が形成される,ということである。
この点について,ネルソンは次のように述べている。「幼年期に学習されるこの活動は,将来の出来事を予測しそれに備えるためにスクリプトをつくっていくという記憶の一般的な機能とは,まったく異なったものだ。この活動によって,他人と共有することができ,最終的には自分だけでも振り返ることができる記憶が形づくられ,その存在自体に価値がある個人史の記憶が形成される」
カール・サバー 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也(訳) (2011). 子どもの頃の思い出は本物か:記憶に裏切られるとき 化学同人 pp.70
(Sabbagh, K. (2009). Remembering Our Childhood: How Memory Betrays Us, First Edition. Oxford: Oxford University Press.)
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