実験室で行われた圧倒的多数の研究から,PTSDに苦しむトラウマの犠牲者には侵入的な思考が起きることが確認されている。情動的な単語を使ったストループ効果の研究から,PTSDの患者はトラウマに関連した単語の意味を抑制するのが難しいことが示されている。さらにいえば,トラウマに関連する事柄を忘れようという強い動機づけがあるにも関わらず——あるいはこの動機が原因で——PTSDの患者はそうした出来事が忘れられないのである。こうした実験室での研究は,サバイバーが特にトラウマを忘却しやすい,という仮説と明らかに矛盾する。PTSD研究者のジュディス・ハーマンは,「残虐な行為に対する通常の反応は,それを意識から追いだしてしまうことである」と述べている。しかし,トラウマに関連する単語だけでも意識から追い出すのが難しいのだとしたら,残虐な行為そのものを意識から追い出すのはどれほど難しいことだろう。トラウマ体験の記憶を意識から締め出そうと試みることと,それが成功することを混同すべきではない。
カール・サバー 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也(訳) (2011). 子どもの頃の思い出は本物か:記憶に裏切られるとき 化学同人 pp.144
(Sabbagh, K. (2009). Remembering Our Childhood: How Memory Betrays Us, First Edition. Oxford: Oxford University Press.)
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