マクナリーが抑圧された記憶に関心を持ったのは,子どもの頃に性的虐待を受けPTSDを発症したサバイバーと,発症しなかったサバイバーを比較した研究を行ったことがきっかけだった。子どもの頃に性的虐待の被害にあったことのある人を募集するために,地元紙に広告をうった。応募してくれた人との面接を開始したところ,そのうちの一部の人について驚くべき発見をした。
私が精神医学的な面接を行った時のことでした。虐待がどのようなものだったかを把握し,症状について尋ねるために,広告を見て応募してくれた人に対して,虐待の加害者は誰だったのか,虐待を受けたときどんなことがあったのか,いつ虐待を受けたのか,その他いろいろなことを尋ねました。そのたびに,応募者は「わかりません」と答えるのでした。私は少し驚きました。「広告を読み間違えたのだろうか?」と私は思いました。それで,「どうして虐待された記憶がないのに,子どもの頃に虐待された経験のある成人サバイバーの募集広告に応募したのですか?」と尋ねたのです。すると彼らは,「ええと,私は食べ過ぎたり,吐いてしまったりするんです」とか「気分が変わりやすいのですが,その理由がわからないのです」,「養父といると特に理由もないのに緊張してしまうんです」,「わけのわからない悪夢を見ます」,「性的な問題を抱えているんです。虐待のほかにどんな原因が考えられるというのですか?」,「性的虐待を受けたはずなのですが,思い出せないのです」などと答えるのでした。
これに驚いたマクナリーは,同僚のスーザン・クランシーとともに,子どもの頃に虐待被害にあったと主張しているが記憶はない人々を研究することにした。彼らの研究は根拠の怪しい噂や迷信の代わりに,実証的なデータを提供するものであり,人々が自分の過去の出来事を強く信じ込むためにあらゆる種類の理由づけを行うこと,そしてその理由の多くは実際にはその出来事を体験したかどうかとは何ら関係がないことを示すものだった。
カール・サバー 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也(訳) (2011). 子どもの頃の思い出は本物か:記憶に裏切られるとき 化学同人 pp.154-155
(Sabbagh, K. (2009). Remembering Our Childhood: How Memory Betrays Us, First Edition. Oxford: Oxford University Press.)
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