エイリアンによる誘拐などという,多くの人はどうでもいいと思っているようなテーマについて長々と話をしてきたが,記憶の科学とはあまり関係がないように思われるかもしれない。子どもへの性的虐待に関する記憶と違うのは,UFOに誘拐されたという記憶が何か有害な影響を及ぼすとすれば,それは「誘拐された人々(アブダクティーズ)」の精神的な幸福感に関わる問題だけであることだ。身に覚えのない罪でエイリアンが訴えられ裁判になるわけではないし,誘拐の罪で有罪判決が下されたエイリアンが刑務所送りになるわけでもない。性的虐待に関する偽りの記憶によって,親子関係が悪化する。これは現実に起こる悲惨な出来事だ。これに対して,エイリアンが人間を誘拐しているというのは完全に想像の世界の話で,ファンタジー小説やテレビゲームの世界に浸りたいという願望と同じくらいの害しか及ぼさないと捉えることができる。しかし,これらの話は互いに関連している。それは,性的虐待の記憶とエイリアンに誘拐された記憶のどちらも,人間には自分の人生において決して起こらなかった出来事を頑固に信じてしまう心理があるのだということを,私たちに教えてくれるものだ。さらに,こんなばかげた出来事を体験したと自分自身に信じこませることができるのであれば,抑圧された記憶というものが存在し,特別な心理学的手法を使えばその記憶を回復させることができるのだと,心理療法家やソーシャルワーカー,警察官に信じさせることは,どれほど簡単なことだろうか。
カール・サバー 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也(訳) (2011). 子どもの頃の思い出は本物か:記憶に裏切られるとき 化学同人 pp.201-202
(Sabbagh, K. (2009). Remembering Our Childhood: How Memory Betrays Us, First Edition. Oxford: Oxford University Press.)
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