父親・教師事件や補強証拠のない多くの性犯罪の申し立ての核心にあるのは,子どもの頃の記憶についての科学だ。子どもの頃の記憶に関する科学的な研究は,心理学の研究領域のなかでも比較的新しい。研究の発展を促したきっかけに,このような事件が関わっているのは明らかだ。これまで本書で説明してきたように事件が相次いで起こり,そうした事件のなかには,すでに知られていた記憶に関する科学的研究で明らかになった事実と矛盾するように思われる記憶の働きが関わるものがあったからだ。子どもの頃の記憶について今日私たちが知っている知見の多くは,注意深く計画され,統計学的に妥当な実験から得られている。このような実験を計画し,得られた実験結果を解釈するためには,心理学の専門的な研究能力が必要とされる。そのため,研究結果が「一般常識」に反するものもあるが,このような場合,一般常識と研究結果のどちらが真実に近いかといえば,それは研究結果のほうだということができる。
カール・サバー 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也(訳) (2011). 子どもの頃の思い出は本物か:記憶に裏切られるとき 化学同人 pp.207
(Sabbagh, K. (2009). Remembering Our Childhood: How Memory Betrays Us, First Edition. Oxford: Oxford University Press.)
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