一段階淘汰と累積淘汰の本質的な違いはこういうことである。一段階淘汰では,石でも何でも淘汰されたり選別されたりする実体は,一回で選り分けられ,そしてそれっきりである。他方,累積淘汰では,その実体は「繁殖(再生産)」する。別の言い方をすると,一回のふるい分け過程の結果がひきつづいて次のふるい分けに繰り込まれ,それがさらに別のふるい分けに……というふうに続いていく。その実体は継続して何「世代」にもわたる選別淘汰にさらされる。ある世代における淘汰の最終産物は次世代の淘汰の出発点であり,そういうことが何世代も続く。「繁殖」とか「世代」といった生物に結びつきのある言葉が借用されているのは当然である。それは生物が,累積淘汰にかかわっているものとして,われわれの知っている主要な例であるからだ。生物は,実際に累積淘汰にかかわっている唯一のものなのかもしれない。しかし,だからといって私は,さしあたり断定的にそう言うことで論点をはぐらかしたくはない。
リチャード・ドーキンス 日高敏隆(監訳) (2004). 盲目の時計職人 自然淘汰は偶然か? 早川書房 pp.86.
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