ある別世界を想像することにしよう。そこでは,学識あるまったく目の見えないコウモリに似た生物が会議を開いており,ヒトといわれる動物の話を聞かされてめんくらっている。なにしろ,このヒトという動物は,新たに発見された,いまだに軍事開発の最高機密であるところの「光」と称される耳には聴こえない放射線を,周囲の事情を知る目的で実際に使うことができるというのだ。その他の点ではおよそみずぼらしいこのヒトは,ほとんど全面的に耳が聴こえない(なるほど,彼らは曲がりなりにも聴くことができるし,少々重苦しくやたらにゆっくり間延びしたようなうなり声を出すことさえできるが,彼らはそうした音を互いにコミュニケートするといった初歩的な目的のために使うのがせいぜいで,この音を使ってたいそう大きな物体すら探知できそうにない)。そのかわり,彼らは「光」線を利用するために「眼」という高度に特殊化した器官をもっている太陽がその光線の主要な発生源であり,驚くべきことにヒトは,太陽光線が物体に当たって,それからはね返ってくる複雑なエコーをとにもかくにも利用している。彼らは「レンズ」というまるで数学的に計算されたかのような形をした巧妙な装置をもっており,それによってこの音のしない線を曲げて,世界にある物体と「網膜」なる細胞の薄膜上の「像」との間に正確な一対一の対応を生みだしている。これらの網膜細胞は,いささか神秘的な方法で,光を(言うなれば)「聴こえる」ようにでき,その情報を脳に中継する。われらが数学者たちの示すところでは,高度に複雑な計算を正しくしさえすれば,ちょうどわれわれが超音波を使って通常やっているのと同じくらい効果的に,いやある点ではさらに効果的にも,こうした光線を使って世界を安全に動き回ることが論理的には可能だという!しかし,みすぼらしいヒトにこうした計算ができるなどとはいったい誰が考えたりしただろうか?
リチャード・ドーキンス 日高敏隆(監訳) (2004). 盲目の時計職人 自然淘汰は偶然か? 早川書房 pp.71-72.
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