古い人類の化石からDNAを取り出して,現代人のものと比べ,化石人類の系統を探ることは可能なのだろうか。夢のようなこのアイディアを実現するには,まず長い時を越えて化石中にDNAが壊れずに残っていることが必要で,さらに分析の過程で周囲から外来のDNAが混ざらないよう極めて慎重な手続きをとる必要がある——最も危険性が高いのは分析者本人のDNAが混ざってしまうことだ——。そもそもDNAを取るためには貴重な化石を壊さなくてはならないので,これは簡単にできる話ではない。周到な準備のもと,こうした条件をクリアーして成し遂げられた最初の成功例は,1997年に報告された。ドイツとアメリカの研究グループが,1856年にドイツで発見されたネアンデルタール人の化石から,ミトコンドリアDNAを抽出することに成功したのである。研究チームの巧妙な分析手法はもとより,どうやらドイツの寒冷な気候がDNAの保存に有利に働いたようだ。これを現代人のDNAと比較した結果では,ネアンデルタール人と現代人が60万年も前に枝分かれしたことが示された。
その後さらに別のネアンデルタール人化石でも成功例が報告され,彼らのミトコンドリアDNAが現代人とはずいぶん違うことがはっきりしてきた。このことは,ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が混血した可能性までは否定するものではないが,ヨーロッパのネアンデルタール人がホモ・サピエンスの祖先ではないことを明らかにした。
海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.48
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