遺伝人類学が現代人のDNAを分析して解明することができるのは,基本的に,各地の現代人集団の類縁関係や,祖先集団の大まかなサイズなどである。DNAデータの新たな解析法が考案され,最近ではホモ・サピエンスが旧人と混血した可能性などにも言及されるようになってはいるが,遺伝人類学から過去の人類の姿形や,行動の詳細を知ることはできない。一方,何万年か何十万年前の人類化石が発見され,年代学者によってその年代が調べられ,形態学者によってその形態の比較分析が行われることによって,どのような姿形をした人類が,どの地域にどの時代にいたかがわかる。化石を調べることによって,過去の人類集団の系統関係を推定することもできるし,骨格形態の変化として検出されるものであれば,病気や生活習慣などについてもある程度のことはわかる。しかし,先史時代の祖先が,どのような道具を用いて何を行ない,どのような食物をどのように集め,どのような暮らしを送っていたかを知りたいのなら,考古学の研究の進展を待たねばならない。
海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.55-56
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