さて,この原稿を執筆中の2004年の10月に,誰も予想していなかったとんでもないニュースが飛び込んできた。インドネシアのジャワ島からはるか東方の海上に浮かぶフローレス島から,身長1メートルほどの小型の人類の化石が発見されたというのである。オーストラリアのピーター・ブラウンらが化石の形態を吟味した結果,どうやらこの人類は,ジャワ原人が孤島に渡って矮小化してしまったものらしいことがわかった。孤島では大型動物が矮小化し,小型動物が大型化する傾向があることが知られている(これは食資源の乏しい環境で動物たちが適度な大きさに収斂する現象と理解できる)。フローレス島にも,体長1メートルほどに縮小してしまったゾウの仲間,ピグミー・ステゴドンがいた。おそらく原人も同じ進化の道を歩んだのだろう。この発見は,少なくとも次の3つの点で驚きであった。まずは原始的な人類がある程度の距離の海を渡って島へたどりついたという事実,そして人類の系統でここまで劇的な進化が生じたという事実,さらに化石の年代が2万1500年前とごく最近のものであった事実である。2万1500年前というと,私たちの祖先がこの地域に姿を現わし,オーストラリアにまで到達していたときである。ホモ・サピエンスは,フローレス島をこの時点まで発見できなかったのだろうか。両者は,ある時点で遭遇したのだろうか。何が起こったのか,今後の調査の進展に期待したい。ホモ・フローレシエンシスと名づけられたこの新種の人類の発見は,人類史の中の特異な出来事として特筆に値するものである。
海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.150-151
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