このような人種分類につきまとう問題は,各々の人種は互いに明確に異なった独立の存在であるという誤解を与えることだ。人種を定義する基準とされる身体形質には様々なものがあり,そのそれぞれに集団内でも大きな個人差が存在するので,実際には人種とはかなりとらえどころのないあいまいな概念である。さらにどこの地域でも,となり合う小集団間に見られる身体的違いは概して連続的で不明瞭なものであり——この違いの地理的連続性のことを専門用語でクライン(勾配)と呼んでいる——,その連続的な違いが積み重なって遠い集団どうしの違いが明瞭に認められるにすぎない。このため,人種分類が招く誤解と差別を嫌う現代の研究者たちの間には,「人種という生物学的実態のない言葉の使用を止めよう」という主張もある。しかし身体形質の地理的変異を把握することは,私たちが知るべき歴史の解明に役立つ。さらに身体形質に基づく人種分類を直視しなければ,これを人々の内面や知性と無理やり関連づけて差別を正当化させた過去の虚偽をあばけない。このため本書では,人種分類の不確定性を強調した上で,適宜伝統的な人種用語を使うことにした。
海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.172
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