これまでに述べてきたように,大型動物の絶滅の原因には,気候変動とホモ・サピエンスの活動の双方が影響したと見るのが,理にかなっている。絶滅の規模は,それまで人類のいなかった地域ほど大きい傾向がはっきりと存在する。人類との付き合いの長いアフリカの動物は,この二本足で動き回る動物が警戒すべき存在であると,DNAに刻みこまれたのだろう。おそらくそのために,アフリカの動物たちは,一部の例を除いてホモ・サピエンスの登場による打撃をあまり受けていない。しかしオーストラリアやアメリカでは,ホモ・サピエンスの恐ろしさを知らない動物たちが,それを理解する猶予もなく絶滅に追いやられた可能性が高い。ユーラシアの各地でも,新しい環境を利用すべく数々の技術を発達させたホモ・サピエンスの活動と,温暖化に伴う生息地の縮小が,マンモスやケサイといった動物たちを絶滅に追いやったようだ。ホモ・サピエンスなら,環境が変化しても文化の力で新しい環境に適応できたが,ほかの動物たちはそのような術をもたなかった。
この動物の減少は,祖先たちの生活に大きな影響を与えたと考えられる。それまで大型動物の狩猟に強く依存していた彼らは,このとき小型の動物,海産物,鳥,各種の植物など,もっと多様な食資源に目を向けなければならなくなった。つまり,それぞれの土地に特有の生態系をもっと強力に活用する,新しい生活スタイルを模索する必要が生じたのだ。加えて温暖化に伴って環境が大きく変化した地域では,人々は狩猟活動だけでなく採集活動の変更も迫られたであろう。
各地の人口密度が高まる前の時期であれば,人々は活動域を広げたり,違う土地へ移動したりして問題を解決しようとしたかもしれない。しかしこのときは,もう状況がそれを許さなかった。すでにホモ・サピエンスは5つの大陸のほとんどの地域に広がっており,多くの集団は自分たちのテリトリーの中で問題を解決する以外,道はなかったのである。それでも祖先たちは,(間違いなく相当の試行錯誤の末に)それぞれの土地環境に見合った新しい文化的適応戦略を発達させ,食物の不足する乾季などを乗り越え,土地に定着するだけの知識と技術を身につけていった。後期旧石器時代の後,農耕がはじまる新石器時代まで数千年間続いたこの時期を,ヨーロッパでは中石器時代,西南アジアでは終末期旧石器時代,北アメリカ大陸では古期と呼んでいる。
海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.278-279
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