つまり農耕の発生直前には,複雑化した定住的な狩猟採集文化というものが存在していた。濃厚は無から突然産み出されたものではない。おそらくどの地域の祖先たちも,農耕を行うだけの潜在的知性は最初から持ち合わせていた。しかし実際にそれが実現に至るまでには,いくつもの自然や歴史の条件が整っている必要があったのである。
農耕が起こるには,まず有用植物が土地に豊富に自生している必要がある。初期の農耕に適した有用植物の分布には,地域的偏りがあると指摘されている。実が大きく短期の成長予測が可能な1年生のイネ科植物の種類は,西南アジアでは特に豊富だった。次に人々の目が植物に向くような自然環境や,人口密度が高いといった歴史的環境が必要であった。これらの条件の中で,人々は植物の生育に関する知識を,自然に蓄積していった。そして最後に栽培という積極的行為に手を出すには,やはりその手間とリスクを補って余りある経済的な動機が必要であった。そうした動機は,自然環境,人口密度の過密化,社会の複雑化,定住傾向の促進といった,複数の要因が絡み合った結果として,はじめて生じたものと思われる。
海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.283-284
PR