有名なアメリカの進化学者G・レッドヤード・ステビンスの考えがこの点で啓発的である。彼はおりたててとびとびの進化に関心をもっているわけではなく,ふつうに使われる地質学的タイムスケジュールに照らし合わせてみたときに進化的変化がどのようなスピードで起きているかを劇的に表現しようとしただけである。彼はまずマウスくらいの大きさの動物の一種を想像する。それから,自然淘汰によってごくごくわずかずつではあるが,体が大きくなることが有利になるとする。おそらくは,雌をめぐる競争で大きな雄がほんのわずかに多く利益を享受するといったことがあるのだろう。とにかくいつでも,平均的な大きさの雄は,平均よりほんの少し大きい雄に比べてわずかだけ分が悪い。ステビンスはこの仮想的な例で,より大きな個体が享受する利益を数学的に正確な値で見積もっている。彼は,人間の観察者にはとうてい測れないくらい小さな値を設定した。したがって,それによってもたらされる進化的変化の速度も結果として,ふつうの人間の生涯では気づかないほどゆっくりしたものである。かくして,進化をじかに研究している科学者に言わせれば,この動物は全然進化していないということになる。それにもかかわらず,ステビンスの仮定した数字よって与えられた速度で,それらはきわめてゆっくりと進化しているのだし,そのゆっくりした速度でも,やがてはゾウくらいの大きさにも達するだろう。では,それにはどれくらいかかるのだろうか?あきらかに人間の基準からすると長い時間だが,このさい人間の基準は関係ない。われわれは地質学的な時間について語っているのだ。ステビンスの計算では,この動物が40グラムの平均体重(マウス大)から600万グラムあまりの平均体重(ゾウ大)にまで進化するのに,約1万2000世代かかるだろうとされた。マウスの平均時間より長く,ゾウのそれよりは短い5年を1世代時間とすると,1万2000世代が経過するには6万年かかることになる。6万年は,化石記録の年代を推定する通常の地質学的方法では測れないほど短い。ステビンスが言うように,「10万年たらずで新しい種類の動物が起源するなら,古生物学者はこれを『突然』とか『瞬間』とみなす」のだ。
リチャード・ドーキンス 日高敏隆(監訳) (2004). 盲目の時計職人 自然淘汰は偶然か? 早川書房 pp.386-387.
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