既存の遺伝的バリエーションのほとんどは,各遺伝子のいくつかの中立な変異という形をとっていたに違いない。そうした変異どうしには,それほど顕著な違いはない。中立な対立遺伝子は何か働きをもつとしても,すべて同じことをする。私たちは,そうした中立な遺伝子の多くが,のちにユーラシアの農耕民が直面する問題の解決策だったという状況は考えにくいと思っている。おそらく,既存の機能的なバリエーションのほうがもっと重要だったはずだ。たとえば,ある遺伝子の祖先型は,ヒトが体に塩分を保持するのを助ける。ヒトは地球上に誕生してからの大部分を暑い気候で暮らしてきたので,一般にこの変異は役に立った。しかし今日,アフリカ系アメリカ人にこの先祖型の対立遺伝子が高頻度にみられることが,おそらく彼らの高血圧の高いリスクに関係しているのだろう。事実,熱帯アフリカでは,ほどんとの人がこの遺伝子の先祖型をもっている。ユーラシアでは,北へ行くにしたがってヌル変異(遺伝子が働かなくなる変異)の割合が増えていく。おそらく,塩分保持を促すこの遺伝子の働きは,人々があまり汗をかかない寒い地域は,血圧上昇を引き起こすため,有害なのだろう。
グレゴリー・コクラン,ヘンリー・ハーペンディング 古川奈々子(訳) (2010). 一万年の進化爆発:文明が進化を加速した 日経BP社 pp.92-93
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