オーストラリア先住民や多くのアメリカ先住民など,農業をまったく行っていなかった,あるいは行っていたとしてもその期間が短い集団は,西洋の食事をとるようになった今日,特有の健康上の問題を抱えている。現在,中でももっとも重大な問題は,II型糖尿病の罹患率が高いことである。運動不足がこの問題に関与していることは確かだが,遺伝的素因のほうが重大である。ナヴァホ族のカウチポテトのほうが,ドイツ人や中国人のカウチポテトよりもはるかに成人発症型糖尿病にかかりやすいのである。ナヴァホ族の糖尿病罹患率は,ヨーロッパ系アメリカ人の約2.5倍であり,オーストラリア先住民の場合は,他のオーストラリア人の約4倍も多い。私たちはこれを高炭水化物食への適応が低い結果だと考えている。興味深いことに,ポリネシア人も糖尿病にかかりやすい(およそヨーロッパ人の3倍)。彼らは農業を行っており,ヤムイモ,タロイモ,バナナ,パンノキ,サツマイモなどといった作物を栽培して育てているのだが。しかし私たちは,このケースでも不完全な適応仮説で説明できると考えている。ポリネシア人は,集団のサイズが比較的小さいため,適応が限られており,予防的な突然変異発生率も低かったのだろう。加えて,定住が難しかったこと,広い面積にちらばっているポリネシア諸島では島どうしの接触が限られていたことが,望ましい変異が確かに生じていたとしても,それが広がるのを妨げたのだろう。
グレゴリー・コクラン,ヘンリー・ハーペンディング 古川奈々子(訳) (2010). 一万年の進化爆発:文明が進化を加速した 日経BP社 pp.103
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