進化が生んだもう1つのよく知られたクルージは,男性の体の少々プライベートな部位に見受けられる。精巣(睾丸)から尿道へ至る輸精管が,必要とされるよりずっと長いのである。まず体の前側に延び,ぐるりと旋回して180度方向転換し,ペニスへ戻ってくる。節約を旨とするデザイナーであれば,材料を切り詰める(または輸送効率を上げる)ために精巣を直接ペニスにつなげるはずだ。そうすれば管の長さは短くてすむ。ところが,進化は既存の構造にものを継ぎ足していくので,全体としてちぐはぐな体になってしまった。ある科学者によれば,「[人間の]体は欠陥だらけだ……鼻孔の上には無用の突起があり,大三臼歯(親知らず)があるおかげで虫歯になりやすく,足はうずき……背骨はすぐに悲鳴を上げ,毛に覆われていない柔肌は切り傷,咬み傷,多くの場合は日焼けにさらされている。走るのは苦手で,人間より小さいチンパンジーのおよそ3分の1の強靭さしかない」
こうした,ヒトに固有な周知の欠陥に加え,広く動物と共有する,数十にも及ぶ欠陥がある。たとえば,DNA鎖がほどけてDNAが複製される複雑な過程がある(このDNA鎖の振る舞いが1個の細胞が2個になる過程のカギを握る)。このときDNAポリメラーゼの一方の分子は実に無駄なくその仕事を成し遂げるが,他方はまともな技術者なら頭を抱えそうな,行ったり来たりを繰り返すぎくしゃくとした仕事ぶりを見せる。
自然がクルージをつくるのは,その所産が完璧かエレガントかを自然は気にも留めないからである。有用でさえあれば,それは生き残って数を増やす。役に立たなければ,死に絶える。よい結果を生む遺伝子は繁殖し,それができない遺伝子は滅びる。ただそれだけのことなのである。問題は美ではなく適合性なのだ。
ゲアリー・マーカス 鍛原多恵子(訳) (2009). 脳はあり合わせの材料から生まれた:それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ 早川書房 pp.14-15
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