アンカリングは心理学関連の文献ではかなり話題になったが,人の信念や判断がときとして無関係な周りの情報によって汚染される唯一の例ではない。もう1つ別の例を考えてみよう。この実験では,被験者は上下の歯でペンを軽くくわえ,唇に触れさせないようにと指示される。すると口をすぼめた別の被験者より漫画を楽しいと評価した。どうしてなのだろう。鏡に向かって次のことを試してみると答えのヒントが得られるかもしれない。歯でペンを軽くくわえ,唇に触れさせないようにしてみよう。さて,鏡の中のあなたの唇の形を見てほしい。唇の両端が笑っているように上がっているのがわかるだろう。文脈に依存する記憶の力によって,唇の両端が上がっていると,反射的に楽しくなると了解できる。
同様の実験では,被験者は利き手ではない方の手(右利きの人の場合は左手)を使って,有名人の名前を“好き,嫌い,どちらでもない”に分類して書くように指示された。この間,次にどちらかのことを同時にするように求められた。(1)利き手を手のひらを下にむけてテーブルの表面に押しつける。(2)利き手を手の平を上に向けてテーブルの裏面に押しつける。手の平を上に向けた被験者は,嫌いな人より好きな人の名前をたくさん書いた。一方で,手の平を下に向けた被験者は,嫌いな人の名前をたくさん書いた。なぜだろう?手の平を上に向けた人は腕を曲げた肯定的な姿勢,すなわち心理学で言う接近/回避行動の「接近」にあたる姿勢を取っており,手の平を下に向けた人は腕を伸長した「回避」の姿勢を取っているからである。各種のデータは,こうした微妙な違いでさえ,私たちの記憶,ひいては信念を日常的に変えていることを示している。
ゲアリー・マーカス 鍛原多恵子(訳) (2009). 脳はあり合わせの材料から生まれた:それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ 早川書房 pp.72
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