科学者だけが科学の将来の歩みを定めるわけではない。彼らの活動が高価になり,国家の技術や軍事に直接結びつかなくなれば,科学者を引き続き支えるかどうかは,社会が当面している他の大問題によって決まることになる。気候の問題があれば,気象学者や宇宙科学者の方が,素粒子物理学者や金属学者よりも,政府の資金提供部門から有利なはからいを受けることになる。将来,「問題科学(プロブレムサイエンス)」と呼ばれるようなもの——人類の生存と福利を危うくする環境,社会,医療などの大問題を解決するのに必要な研究——が発達して,注目の的になり,豊富な資源を割り振られることになるかもしれない。人類の歴史全体を通じて,戦争の脅威があり,また実際に戦争が存在したことが,科学や数学の特殊な領域に緊急性と注目をもたらした。将来はその緊急性の焦点が,我々の過去の行動の副産物や,自然界における気候や生態のやっかいな傾向の影響に向くかもしれない。非常に長い目で見れば,危険度の低い災害は,それに対してつねに防御していなければ,ほぼ確実に起きる。
ジョン・D・バロウ 松浦俊輔(訳) (2000). 科学にわからないことがある理由 青土社 pp.58
(Barrow, J. D. (1998). Impossibility: The limits of science and the science of limits. Oxford: Oxford University Press.)
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