我々は,自分たちの身体能力は,競合する相手がいる中で周囲の状況に適応していく長い過程の結果だと教わっている。長期的に見て生き残る可能性が大きくなるような属性の集まったものが増えるのだ。ここで「長期的」というのは,人類とその先駆けを含む歴史の全体で,何億年にもわたっている。人類の最近の歴史は,驚異的な速さの進歩をとげているとはいえ,時間の海原の中にあってはほんの一瞬にすぎない。我々は人間の頭脳の合理的な産物——科学,テクノロジー,数学,コンピュータ——のことばかり考えるが,そういうものは最近のまだ目新しい活動である。人間のそれらに対する適性は,遠い昔,環境が今とは多くの点で全く違っていたかもしれない頃に,当時他にありえた選択肢よりも生き残る可能性を大きくしたから心が所有することになった,他のもっと基本的な能力の副産物と考えなければならない。進化論的変化が人類に生じる速さはあまりにゆっくりなので,記録の残っている歴史をカバーする期間(9000年かそこら)で生得の能力に大きな変化をもたらすことはありえない。
ジョン・D・バロウ 松浦俊輔(訳) (2000). 科学にわからないことがある理由 青土社 pp.154
(Barrow, J. D. (1998). Impossibility: The limits of science and the science of limits. Oxford: Oxford University Press.)
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